情とは別モノ

<<長崎市長選:事件に配慮、万歳控え 田上氏

長崎市長選に当選し支持者らと抱き合って喜ぶ田上富久氏(中央)=長崎市元船町の選挙事務所で23日午前0時7分、矢頭智剛撮影 長崎市内の田上さんの選挙事務所では、当選確実になると歓声が上がった。ただ、死亡した伊藤市長に配慮して万歳は控えた。田上さんは「市民と市職員の力を生かし、こういう事件の後こそ『市民力』を発揮する時」と喜びを語った。

 田上さんは「肉親の情と自治体運営は違う。市職員としての弔い合戦だ」と出馬を決意し、退職金を選挙費用に充て、背水の陣で臨んだ。26年半の市職員生活では06年に日本初のまち歩き博覧会「長崎さるく博」を発案、企画し、延べ1000万人を集めるなど広報や観光畑で活躍。培った人脈が草の根運動の核になった。

 時間、資金、人員とないものばかりだったが、世襲に反発した地元経済界から後押しを受け、一部の国会議員や地方議員からも支援を得て、まとまった得票につながった。

 一方、伊藤市長の長女の夫で西日本新聞記者の横尾誠さん(40)は22日午後11時50分ごろ、長崎市内の選挙事務所に伊藤市長の長女で妻優子さん(36)とともに喪服姿で現れ、涙ぐみながらあいさつ。伊藤市長の大きな遺影が掲げられた会場で、横尾さんは「伊藤市政への期待をあんな卑劣な暴力で止めるわけにはいかないと立候補した。私のいたらなさでこんな結果になり、本当に申し訳ございませんでした」と頭を下げた。

 優子さんは「本当にありがとうございました。父伊藤一長はこの程度の存在でしたか。父は浮かばれないと思います。残念です。父の愛する長崎でこんな仕打ちを受けるとは思いませんでした」と声を詰まらせた。

 横尾さんは、東京での記者生活を休職して補充立候補した。1000を超える団体推薦や伊藤市長の後援会組織を受け継ぎ、遺族が喪服姿で街頭に立つなど、徹底して情に訴えたが及ばなかった。

 ◇無効票は約1万5000票

 長崎市長選の無効票は約1万5000票あった。中には死亡した伊藤市長に投票し「伊藤市長さんありがとうございました」などと書かれた票もあったという。無効票の中には、期日前を含めて伊藤市長に投じた票が多かったとみられる。

毎日新聞 2007年4月23日 0時18分 (最終更新時間 4月23日 8時09分)
http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/senkyo/news/20070423k0000m040113000c.html>>

もちろん発言をすべて聞いていないので、確信ではないが、伊藤市長の娘の発言に大いに疑問。
襲撃された伊藤市長には心からお悔やみ申し上げ、遺族に同情する。

でも、<<この程度の存在>>だとか、<<父は浮かばれないと思います。残念です。>>とか、<<父の愛する長崎でこんな仕打ちを受けるとは>>と発言するのは甚だ見当違いなのでは。世襲政治にこだわり、当選するのが当然だと思っていたことを如実に示しているように感じた。大きな違和感がある。

市民は原爆を投下された都市として、ほかの地域よりも政治に対する関心、特に「民度」が高いのではないだろうか。
長崎市民の情に流されない、良識の判断に拍手を。